AI翻訳の進化に絶望した私が、それでも「アプリ開発」という一歩を踏み出した理由

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1. 「自分だけの技術」という過信と、直面した現実

AIを使って、著作権の切れた日本の名作を翻訳し、世界へ届ける。 そんなワクワクする挑戦から、私のプロジェクトは始まりました。

自分なりに試行錯誤したプロンプト(指示文)を使い、出力された翻訳を見て、「これは自分独自の技術だ」と確信していた時期もありました。しかし、作業を重ねるうちに、認めたくない事実に直面します。

「何もしなくても、AIそのものがすでに優秀すぎた」

私が時間をかけて生み出した翻訳と、AIが標準で出す翻訳。そこには、明確な差など存在していませんでした。

2. 「誰でもできる」という虚無感

「これなら、誰でもできるじゃないか」 「私がわざわざやる意味はあるのか?」

その現実に気づいたとき、襲ってきたのは強い虚無感でした。積み上げてきた翻訳の数々が、一瞬で無意味な石ころに変わってしまったような感覚。本気で「もう、やめてしまおうか」と何度も悩みました。

3. 「翻訳」から「体験」へ。AIエージェントとの出会い

そんな折に出会ったのが、AIエージェントという存在でした。 彼らと対話する中で、私は一つの視点を得ます。

「翻訳そのもの」ではなく、「それをどう届けるか、どう体験してもらうか」に価値を置けばいい。

翻訳そのものが誰でもできる時代なら、私は「世界中の人が、無料で日本の小説を最高に心地よく読める場所」を作ろう。そう決意した瞬間、絶望は新しい目標に変わりました。

4. 素人が挑む、AIエージェントによるアプリ開発

そこで始めたのが、Googleの「Antigravity」を活用したアプリ開発です。 専門的なプログラミング知識がなくても、対話を通じて形にしていく。

もちろん、最初から魔法のようにうまくいったわけではありません。

  • 自分の意図が伝わらないもどかしさ。
  • 専門用語の壁、フォルダ構成のミス、動かない画面。

それでも会話を重ねるごとに、アプリは確実に形を成していきました。今では「これは、ちゃんと世に出せる」という確信に変わっています。

5. AIは「挑戦」のハードルを下げるためのもの

今回の経験を通じて、一つ実感したことがあります。

AIは、才能を証明するための道具ではない。 才能がなくても、熱意さえあれば「挑戦できる環境」をくれるものなのだ。

このブログでは、私が翻訳で味わった挫折から、AIエージェントと共にアプリを形にしていくまでのリアルな過程を記録していきます。

※このブログは、対話型AIと数百時間向き合い、独自の英語翻訳にたどり着いたと思ったら、AI単独の翻訳の方が上に行かれて絶望しかけたけど、それをアプリ開発という形で奮起するお話です。

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